海と山のすきまの塩屋的住環境特集

【塩屋的住環境の家のつくりかた】 建築家インタビュー

2026.5.28

photo : yuto yamashita

夕方、塩屋駅から家路に向かう人たちを横目に、子どもたちを連れて商店街を逆方向に歩く。ワンダカレーでカレーを、田仲とうふ店でとうふスティックを、魚一で刺身を買う。子どもたちは車の通らない商店街を走り回り、通りすがりのおじさんに話しかけられる。「家」に戻ってご飯を温めて食べて、お風呂に入る――。まるで、引っ越したばかりのまちで初めて夜を過ごしたときのような、わくわくした感覚を思い出したのが、「塩屋的住環境の家」での宿泊体験だった。家のような、宿のような、この不思議な宿泊施設はどうやって設計されたのか。同じく塩屋に拠点を構え、この「家」を設計した建築設計事務所・THAWの二人に話を聞いた。

 

インタビュー + テキスト:真鶴出版(川口瞬+來住友美)

 

まちのなかで建築を考え、つくること

――まずは、プロジェクトの始まりから簡単に振り返っていきたいと思います。お二人がこのプロジェクトに関わるようになったきっかけを教えてもらっていいですか?

関野阿希子(以下:阿希子) 塩屋に越してきて半年ほど経った頃、旧グッゲンハイム邸を拠点に活動するシオヤプロジェクト(※1)の存在を知り、私もちょくちょくミーティングに参加するようになりました。そのシオプロの運営メンバーが小山さんでした。まちをフィールドに、大人が本気で遊び倒している感じが楽しくて、時間が許す限り顔を出しているような感じでした。その過程で、シオプロ企画の展示にTHAWとして声をかけていただいたりして、建築家としての仕事も知ってくれていたと思います。
この家はもともとおばあさんが一人で住んでいたそうなんですが、施設に入られて空き家になっていたんです。その頃、「塩屋的住環境特集(※2)」が、空き家の持ち主と空き家を受け継ぎたい人をつなぐネットワークを作ろうという動きがあって、チラシを作って全戸配布していました。それを見た持ち主から小山さんに相談の連絡が来たという経緯です。あとから聞いた話ですが、建物を取り壊すことも考えていたそうです。小山さんはこの建物に出会って覚悟を決めたようで、「ちょっと人生かけてみようかな。設計をお願いしたいです」と声を掛けてくれて、そのときに「塩屋的住環境の家」の構想を聞きました。これは責任重大だなと(笑)。それに、神戸市でちょうど補助金の募集があったんですよね。
橋本健史(以下:橋本) 「建築家との協働による空き家活用促進補助」といって、空き家に対して建築家が設計し、一定程度社会貢献のために活用するものには実施費用の半額、最大で500万円を補助します、という思い切った政策をやっていて。その補助金に採択されました。

――そんなに条件の良い補助金が。

橋本 ただ、条件を満たせば確実にもらえるものではなくて、年間20〜30件ほどの選定制です。空き家の活用であることと、建築士が設計することは必須ですが、使い方が完全にプライベートな住宅ではダメなんです。さまざまな人が参加できるイベントで利用するなど、なにかしらの方法で地域に開かれた、公益性があることが求められます。外観についても「まち並みに良い影響を与えるか」というポイントが重視されています。

photo : yuto yamashita

――小山さんの「塩屋で宿をやる」という計画については、お二人はどう思いましたか?

阿希子 素直にいいなと思いましたね。塩屋はもともと泊まるところがなくて。(塩屋にある)旧グッゲンハイム邸で結婚式を挙げる人も多いですが、舞子のホテルに泊まったりしていて勿体ないなと思っていたんです。塩屋のまちの雰囲気をそのまま味わえるような場所は、宿として勝機があるんじゃないかなと。
橋本 もともと塩屋は、用途地域的に宿泊施設をやれるところが少なくて、宿を開業するハードルが高いんですよね。でもこの場所は駅からほどよい距離感で、商店街を抜けてすぐのところ。塩屋の「らしい」雰囲気のなかで泊まることができる、よい場所だと思いました。

――たしかに実際に泊まってみて、商店街を通り過ぎながら宿に入っていくのは、このまちに暮らしているような感覚を味わえました。最初にこの建物を見たときの印象はどうでしたか?

阿希子 木塀が視線を遮る感じで立っていて、外から覗くことができるのは、錆びた鉄格子や、波打った屋根でした。戦後の住宅不足を解消するために大量生産された住宅が、部分的な修繕を重ねてつぎはぎだらけで残っている印象です(笑)。ところが、アプローチに入ってみたら「うわ、すごい素敵」と。中に入ると、アプローチとは別に二つの庭があって、どちらもしっとりしていて印象的でした。また、建ち方が人を迎え入れるのに向いていて、良い建物になりそうだなって。
橋本 そんなにポジティブだったの?(笑) 結構古いから「構造は大丈夫かな?」とまず思いましたね。築60〜70年ぐらいまでの物件は何度も設計したことがあるし、なんとでもなるかなという感じですが、おそらくここは築90~100年ぐらい。これは結構大変かもな……と。基礎も「石場建て(※3)」という昔ながらの構法で建てられていましたし。
阿希子 これまで改修してきた建物は、合板と金物でがっちり固めて耐震性能を上げていましたが、石場建ての場合には、木造のしなやかさを活かすという考え方で耐震補強をしていく必要がありました。考え方の幅が広がりましたね。

photo : yuto yamashita

限られた予算のなかで考えることでユニークになる

――まずはどんなふうに設計を始めたんですか?

阿希子 小山さんが「用途を固めすぎず、いろいろな人がそれぞれの時間を過ごせる、ホールのような空間をつくりたい」という明確なイメージをもっていて、そこから始まりましたね。それを確保しようとすると、必然的に周りの空間の使い方が決まってきました。予算的にも厳しかったので、垂れ壁など、残せるものをなるべく多く残し、構造要素として使っています。古い家の二間続きだった広間の名残が、垂れ壁などの位置からわかるかなと思います。前の世代の使われ方の気配みたいなものが、今の使われ方と重なって存在し続けることが可能になったので、うまく噛み合ったなと思っています。
橋本 うちの事務所が木造のリノベーションをするときは、間取りがかなり変わることが多いんです。でもここはほとんどそういうことをしなかったですね。キッチンとお風呂の場所を入れ替えたぐらい。

――予算が約1000万のなか、最初の見積は1500万だったと聞きました。当初の案から削ったところは?

阿希子 どこだったかな……。でもこのぐらいの差は見慣れているから全然大丈夫ですね。
橋本 塗装や一部の造作家具をDIYにしましたね。
阿希子 あとは、部屋の中の柱を取るのを止めたり、サッシを変える場所を削ったり。当初はサッシを全部変えようとしたんですが、一部は既存の建具を加工することで流用しました。

――この流用した建具はすごく素敵です。

橋本 南側の庭に面した縁側は、内外の境界にとても華奢で趣のある木製建具が付いています。ただ現代生活の水準からするとあまりに断熱性能がなく、通常であればサッシを交換するところです。一方で反対側の、つまり縁側と和室との間の建具は、土間にしてまわりに腰掛けるようにするため、不要になりそうだった。そこでこれを縁側の外側に移設して、二重サッシのようにすれば、完全とは言えないまでも、それなりに有効だと思いました。減額案を練ることで、その場の固有の状況がより繊細に浮かび上がってくる。結構そういうことは多くて。予算に合わせてなんとかやれることを考えると、結果的にユニークなものになるんです。

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――ではそんなに設計で揉めることもなかった?

阿希子 小山さんが基本的には任せてくれたので、「デザインが決まらずいったりきたり」みたいなことはなかったですね。お風呂のところぐらいですかね? 予算の都合で、「浴槽をやめてシャワーにするプラン」をつくって、見積的には予算内に収まったので、このプランでいきましょうとなったんですが、その翌日に、小山さんから「やっぱり浴槽は入れたいです!」と連絡があって(笑)。今後塩屋の町内にほかの宿泊施設ができたときに、浴槽があったほうが絶対にセールスポイントになる、と。

――浴槽を入れるためにどこを削ったんですか?

阿希子 紆余曲折ありましたが、いちばん大きな減額項目は、通りに面した壁の妻面(※4)に開ける予定だった三角形の開口部を諦めたことです。まずは運用を始めて、後々利益が出たらやろうと。

――そうして予算内に収めることができて、設計のこだわりは?

橋本 一番重要なのは、土間の周りに座れるようになっているところですね。もともと6畳と8畳の二間に縁側があったんです。そこを大勢で集まったり、いろいろな人が思い思いに過ごせるよう、床をとって一つの土間にしました。そこだけ天井もとって、なるべく人が集まるのにふさわしい気積(※5)をつくりたかった。周りの廊下や縁側、元々は押入れだった場所もベンチのようにしていて、ぐるっとまわりに腰をかけて、ほど良い距離感で人が集まれるような場所にしています。
阿希子 私は木摺り(きずり)の壁ですね。左官の下地として古くから使われていた壁下地の組み方を、今回は耐震要素として取り入れています。もう少しあとの年代に作られた木造の建物の場合、合板補強することで大きな耐力が得られるのですが、石場建てに合った計算方法においては、合板は大きな揺れが来たときに破断してしまいます。この計算方法でも耐力のとれる、土壁を新建材で再現したような荒壁パネルというものもあるのですが、それだと予算を大幅にオーバーしてしまう。予算内で耐力がとれる方法をがないものかと耐震マニュアルを読み直したところ、2025年に新たに追加された木摺りでも耐力を補えることがわかりました。木摺りに使われる材は、断面が小さくどこでも安価で手に入ります。さらに、それを規則正しく壁に打っていったときの美しさは、左官で塞ぐのがもったいないくらい。客室では、念願かなってこれが意匠としても機能しています。

photo : yuto yamashitaphoto : yuto yamashita

橋本 木摺りは昔からある構法ですが、現代ではあまり一般的ではないよね。古い建物を触るようになって、「この木を並べて貼ってある壁はなんて言うんだろう」って思って調べました。本来は、木と木の隙間を開けることによって、左官の食いつけをよくするためのかたちなんです。
阿希子 2024年までの耐震マニュアルには載っていなくて、2025年に認められたばかりなのもうれしいんです(笑)

コンセプトを固めすぎず、許容すること

――工事は順調に進みましたか?

阿希子 設計よりも工事監理のほうが大変でしたね。施工は、塩屋ではお馴染みの林工務店さんです。私達にとって、なくてはならないパートナーなんですが、徒歩圏内にうちの事務所があるので、毎日現場に呼び出されるんですよ。壁をまっすぐにするのも、どこを基準にするのかと。「ここを基準にしたらここに段差が出ちゃうから、こっちを基準にしてください」とか、その都度伝えていきました。結構フリーダムな施工会社なので、こちらも毎日現場に来て、こう見せたいからここはこの寸法が大切なんだと、意図をこまめに伝えるようにしていました。そんな大らかさも塩屋ならではです(笑)
橋本 うちは設計事務所として、まずコンセプトが先行してあって、そのとおりに、その実現のために施工する、というようなタイプではないんです。本当に最後の最後まで、「これは何が実現できたのか」みたいなところを保留している。もちろん、可能性を感じる方向を睨みながら、その都度きっちり考えていくんですよ。でも最終的に全体として、建築的に何が面白いのか、まちに対してどう意義あることができたのかを考えるフェーズがあって。それはやってる途中もなんとなく考えてはいるけど、しっかり言語化して固定はしないんです。

――建築家によっては、「こうじゃないといけない」という人もいますよね。橋本さんは工事中大変だったことは?

橋本 僕のなかでは、あの(道路側の中庭に面している)サッシがついたときが一番不安になりました。もともとは木製建具にしようとしたんですが、予算的に難しい。それで樹脂サッシを検討したんです。いつもは一番汎用的なグレーを選ぶことが多いのですが、あそこにグレーのアルミサッシがついたらさすがにチグハグでおかしいだろうと、茶系統の中でも一番暗いものを探して入れたんです。もちろんサンプルを見て、色を確認してはいるんですよ? でも実際入れてみると、質感としてあそこにあるべきものには見えなくて、まずいな……と。それでお風呂のFRP(防水の仕上げ)を茶色にして。

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――そこから移っていったんですか!

橋本 そうですそうです。普段は合板もクリアで塗ることがほとんどですが、あえて色を乗せて暗い茶色にして。
阿希子 大工工事が終わって茶色に塗る前は、「結構お金がかかったのにどこが直ったのかわからない」みたいに不安になりましたね。全部茶色に塗ったことですべてバランスが取れたところがありました。
橋本 茶色はぼくらのなかでもかなり揉めましたけどね(笑)。阿希子さんは「暗い!」って。
阿希子 「暗い」って言ったかな? 「全部茶色の意味は?」みたいな感じのことはいったかも。新建材の茶色の隣に土壁の茶色がくることは、白く塗り込めた木造改修と何が違うのか? など話し合いを重ねていくなかで、じゃあ石膏ボードはペンキの茶色、木摺などの木部は、経年変化を受けやすい柿渋にべんがらを混ぜたものが良いねとなりました。暗さも、宿だからこその体験になるし、周りの庭の風景が流れ込みやすくなる。

橋本 もともと土壁もかなり荒れてる状態だったから、何もやらないわけにはいかなかったんです。ただ、元の状態に戻すのもなにか違うし、更新するにしても何を根拠にすればよいか分かっていなかった。天井に断熱材でアルミが貼ってあるやつを貼ろうとか、空間を広げた部分だけグレーにして手を入れたところをわかりやすくしようとか、いろいろな案が出ていたんです。でも最終的に全部茶色でいいんじゃないかと思ったのは、さっきのサッシがきっかけですね。この樹脂の茶色は、要は木に似せた色をつけている。本当に予算が潤沢であれば、木の建具を入れて古いものと馴染ませたり、お風呂もヒノキ張りにしたりと、自然素材にこだわることもできる。でもそういうことじゃなくて、樹脂サッシを使ったり、お風呂でFRPを使ったり、土壁を合成樹脂エマルション塗装(普通のペンキ塗装)でカバーすることは、現代に汎用的に使われているものを選んでいて、それは高分子化学の発展を否定しないやり方でもある。その色の基準を、柱梁の時間を積み重ねたからこその深みを持った暗い茶色に合わせた。そうすると、視覚的には一見統一されているけど、よくよく見たり、触ったりすると、ツルッとした新しいものと、ざらっとした古いものとが共存して成り立っていることが、滞在中にじんわりとわかっていいのでは、と考えました。そうした、蓄積とつながった現代性みたいなものは、いつも目指しています。

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――施工にせよ色にせよ、そんなふうに柔軟に対応できるのはなぜですか?

橋本 僕はもともと浜松(静岡県)で本当に小さな仕事を地道にやることからキャリアをスタートしていて、その経験が大きいですね。そのときそのときに一生懸命考えて判断することも絶対に大事なんですが、あとから見たときに「どういう意味があったのかな」と振り返ると、当初考えていたコンセプトと全然違っている場合は多くて。また、一つ一つの単体のプロジェクトのなかでの構想というのは、もちろん必要なんです。しかしそれが三つ、四つに増えていったときに、必ずしも単体で考えた一つのコンセプトで完結するというよりは、むしろ、いろいろなものが混ざってきたときに「それでも言える」広がりを持った建築のあり方のほうが、強度があるじゃないかと思っています。
阿希子さんはもともと全然違いますよね。いわゆるアトリエ系事務所で、床から天井まで一切余分な線がない、ビシッとまとまっているようなものを設計していて。そういうときはコンセプトは着工前にほとんど決まってるから、それを守るために現場の人やクライアントの人とのせめぎ合いが必要になる。
阿希子 そうですね。全然違って、RCや鉄骨を新築でやることが多かったので、着工前にいかに不測の事態を起こさない完璧な図面を書けるかが作品の強度につながると思っていました。ただ、依頼を受ける建物も年々木造の改修が増えてきて。とくにTHAWとして設計を始めてからは純粋な住宅の設計はやっておらず、本屋さん兼住居だったり、スタジオ兼住居だったり、兼用住宅ばかりになっていました。「小さくても公共」でありたいと思う住み手がみんな面白い人たちで、条件が厳しくても何とか実現させたい。自分の住むまちが、どんどん面白い場所になればいいと思ってやっています。必ずしも、その都度強いコンセプトで完結しているものではないけれど、それが塩屋で複数できたときに、単体ではできないことが見えてくる。いろいろな人と関わって、不測の他者を許容しつつ、今までやってきたことを少しずつ押し広げていき、まちにもそれが現れていく。そんなふうになったら、やっている意義があるのかなと。うん、なんか歳をとったのかな(笑)

 

コンセプトを固めすぎず、流れに身を任せるように進めながら、とはいえ道を外れすぎないように舵を握る。それは私自身が本をつくるときや、プロジェクトを進めるときにも意識していることであって、とても共感した。また、その手法が橋本さんの過去の浜松での経験からきていると聞いて妙に納得感があった。土着でなにか進めようとするとき、そこには考え方の違う、もっている背景の違うたくさんの人たちが関わる。そのときに意固地になってしまうのではなく、むしろその不測の事態を楽しむことで、その地域に本当に見合うものができるのだと思う。果たしてこの建築、「塩屋的住環境の家」における「塩屋的」とは一体なんなのか? そんなことを考えながら泊まってみるのも楽しいかもしれない。

※1 シオヤプロジェクト 塩屋の特徴や習慣、変なモノ・コトを面白がり、視覚化、文章化、イベント化して面白さを共有し、町をいじって遊ぶプロジェクト。
※2 塩屋的住環境特集 小山と合同会社ユブネが始めた。相談会や見学会を通じて空き家・古家のオーナーさんと、空き家・古家を活かしたい方をつないだり、古材を活用するための仕組みを整えたりしていくことを目指す。
※3 石場建て 日本の伝統的な建築構法の一つ。基礎にコンクリートを使わず、石の上に柱や土台を据える。
※4 妻面 切妻屋根における三角形の端の壁面。
※5 気積 床面積に天井高を掛けた、建築空間の「体積」のこと。気積が大きいほど開放感があり、人が集まっても圧迫感の少ない場になる。

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